と分るまで、若者達の誰一人禅僧の存在に気付いた者がゐなかつたのだ。彼は殴られ、投げだされ、蹴られ、そして冷めたい地面の上であつけなくのびてしまつた。土方は居酒屋へひきあげた。若者達が禅僧のまはりに歩みよると、彼は鼻血を流してゐた。彼は人々の存在にも気付かぬやうに這ひ起きて、長い時間を費して何物かを地上に探し漸く拾ひ当てた物品によつて探し物が眼鏡であつたと人々に分つた。一つの咳も洩らしはせず、それが唯一の念願のやうに、寺院の方へ消えていつた。
とはいへお綱に対する彼の恋情の純粋さももとより当にはならないことで、だるまの言に順へば、その助平坊主の肉慾ほどあくどさしつこさに身の毛のよだつ思ひをすることもないと言ふのであつた。
疲弊した村のことで御布施の集りがよからう筈はない。金包みの代りに米とか野菜ですますやうな習慣が次第に一般にひろがつて、禅僧は食ふだけが漸くだつた。
禅僧は恋情やみがたくなつたものか、お綱の母親(父はもはや死んでゐる)に向つて結婚の交渉をはじめた。禅僧の内輪の生活が次第に栄養不良になる一方の乏しいものでも、貧農の目から見れば坊主は裕福といふ昔からの考へがいくらか残
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