せ、無我夢中のていで顔面をなぐり、つねつた。
 四五名の若者達は激怒して各々お綱を蹴倒したが、お綱は忽ち猛然と立ち上ると、誰を選ばず飛びかかり、噛みつき、引掻き、なぐりかかつた。もはやその悦楽の亢奮は色情狂を思はせた。淫慾は酔ひのやうに全身にまはり、敏活な動作につれて、満悦の笑声がきしむやうに洩れるのである。蹴倒される、ひとたまりもなく転ろがる。地面へ顔のめりこむほど、てひどく倒されることもあつた。然しはねかへるバネのやうに飛びかかつて行くのである。性こりもなくじやれつく牝犬もこれほどしつこくはあるまいと思はれ、若者達も流石に根負けのじぶんになつて、お綱は淫乱そのものの瞳を燃やして歓声をあげ、若者達の囲みをやぶつて闇の奥へころがるやうに走り去つた。ひときは高く哄笑をひいて。
 憎しみにもえ激怒のために亢奮したといひながらそれが色情の一変形であつたところの若者達は、自分ながらしつこさの醜怪に気付くほど野性そのままの衝動にかられ、然しもはや自制の力はなかつたのだが、七八名一団となつてお綱のあとを追ひかけていつた。お綱は居酒屋へかけこんだ。そこには土方が待つてゐた。お綱は土方の卓に倒れた。彼
前へ 次へ
全21ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング