ま僕は醍醐帝に就て、こんな御逸話を読んだことがある。
 醍醐帝の御時、寛蓮《かんれん》といふ坊さんがゐた。当時随一の碁の名手で帝に召されて毎日碁の御相手に上つてゐたが、この坊さんは日本で最初の碁の本を著した人でもあつた。生憎今日その本は伝はらないといふことである。
 帝は寛蓮に二目の手合であらせられたといふから、相当な御手並と申すべきであらう。
 あるとき帝は黄金の枕を賭けて寛蓮と御一戦遊ばされ、寛蓮見事に勝をしめて、黄金の枕小脇に喜び勇んで退下《たいげ》した。
 帝はひそかに侍臣に命じ、退下の途中を要して強盗のふりし、黄金の枕を奪はせ給ふた。
 かうして帝は毎夜黄金の枕を賭けて、夜毎に御敗戦、寛蓮はまた連戦連勝、然し夜毎に折角の黄金の枕を強盗に奪はれる習慣であつた。
 一夜強盗が例の如く寛蓮の前に立ちはだかると、寛蓮いきなり黄金の枕をかたはらの井戸へ投げ込んで逃げてしまつた。
 ところが翌日侍臣が井戸をさらつてみると、現れたのは木の枕で、寛蓮|巧《たくみ》に帝の御いたづらの裏をかき、かねて別の枕を用意しておいて井戸へ投げこみ、自分はそつと引返してまんまと真物《ほんもの》は我家へ持帰つ
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