てしまつたのである。寛蓮は死に当り、遺言して、この枕を遺骸と共に棺にをさめさせたといふ。

 この話は延喜式にでてゐるさうだが、僕の見たのはそれを孫引きした江戸時代の随筆からであつた。
 僕がこの話を読んだのは、書き上げた長篇小説が気に入らなくて破つてしまひ、すつかり落胆して、京都で毎日毎晩碁ばかり打つてゐる最中であつた。
 碁を打つことが、僕をいつそう悲しくさせる毎日であつたから、この話の平安朝の愛情をこめた悠々たる感傷がひどく心にこたへたのである。
 その時以来、僕の空想の中に勝手に出来上つてしまつた平和な、華やかな、さうして愛情にみちた王朝の一時代醍醐帝の御時を頭に描いて、僕は幾度醍醐の地、小野の里、山科のあたりを茫然歩きまはつたか知れなかつた。



底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
   1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「若草 第一五巻第一〇号」文学者発行所
   1939(昭和14)年10月1日発行
初出:「若草 第一五巻第一〇号」文学者発行所
   1939(昭和14)年10月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito

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