し、バカはメッタにいないものなのである。一平は女房に逃げられて、雑事に不自由していたので、とりあえず下男代りにコキ使うことにした。が、さすがの彼の心眼も、馬吉の胃袋を見破ることができなかったのは是非もない。

          ★

 万事退歩主義ですんでしまえば良かったのだが、ちょッとばかり良い思いをしたのが馬吉の身に悪るかった。
 彼は一度役者にでて、すこしだけ、うけたのである。題しまして、素人ノド自慢大会。馬吉はオンチであった。調子が狂っているところへ、頭のテッペンから出る金切声と、ヘソのあたりから漏れてくる唸り声と、天地の声が入り乱れて悶えるのである。
「いよウ。馬ちゃアん。待ってましたッ」
 と、声がかかったことも有ったから、馬吉もゾクゾクした。うけたといっても一瞬の夢の素人の悲しさ、あとがつゞかない。
 品川一平も心眼が狂っていたことに気がついた。
「テメエは役者は見込みがないから、道具方の下働きなら使ってやる。然し、テメエのような大メシ食らいはウチへ置けねえから、今日かぎり、ほかへネグラをさがしなよ」
「そんなのムリだい」
「なにがムリだい。配給もないくせに一升メシを食
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