る貴公子であるから、人三化七には見向きもしない。
オヤジとオフクロは馬吉に因果を含めた。この一件を不承知ならば、勘当する。目下、民主主義の時世であり、満二十歳を迎えると、独立の人格であるから、親でも、子でもないのである。まことに正論であるから、馬吉も悟るところがあった。義理人情がないということは、実にアッパレ、スガスガしいものだ。戦争にもまれて育った馬吉であるから、真に美なる人間性に認識のあやまることはない。
彼が退歩主義というものを深く感ずるに至ったのはこの時で、さればこそ、天命に殉ずる一兵士の心得をもって聟となったのである。盛大な婚礼であった。
彼の花嫁は猪八戒《ちょはっかい》に似た面白い顔立であった。カラダも小肥りで、ちょッと鳩胸でデッ尻で、顔立を裏切らないところに良さがある。然し意外なところに難所があった。田舎育ちの一人娘で甘ったれて育ったせいで、彼女は終戦を迎えるまで歯をみがいたことがないのである。終戦以来、セップン映画というものを見て、彼女はキモをつぶし、にわかに歯をみがくことを覚えたが、もう、おそい。一本残らずムシ歯である。歯をみがくと神経を刺戟して歯痛を起す。苦し
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