、今日は助手が一人、おまけに掃除婦の婆さんが目の玉をむいて突ッ立っており、ギロリと馬吉を一睨み、
「ダメだよ。ちゃんとオフレが来ているよ。ヘッヘッヘ」
「エッヘッヘ」
と馬吉も苦笑した。引返して、楽屋へ上ろうとすると、階段の上り口に楽屋番が立っていて、
「いけねえよ。オヌシを上げちゃアいけないてえオフレがでゝるよ」
「冗談じゃないよ。荷物が置いてあるじゃないか」
「エッヘッヘ。オヌシが着たきり雀だてえことは、この小屋で誰知らぬ者もないわさ」
馬吉は舞台裏へノソノソと歩いて行って、道具の陰へひッくりかえった。何か盗んで行かなくては、さし当っての腹がもたない。ガラスでも何でも構うことはない。まず一ねむり、彼はグウグウねむったのである。泥棒でも人殺しでも、いつでもできる冷静な心境であった。
★
馬吉は横ッ腹を蹴られて目をさました。相手は道具方の熊さん、この小屋随一の腕ッ節であるから、歯が立たない。
「オイ、よせよ。蹴らなくッたっていいじゃないか。今起きるよ」
「邪魔だから、消えて失せろい」
馬吉は渋々起き上ったが、熊さんはツマミだしかねまじき殺気立った見幕であ
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