《しみじみ》有難かったのである。
「兄貴は、さすがだ」
馬吉はテレかくしに、英雄らしく振舞って、一平に握手をもとめたが、
「よせやい。ふざけるな」
と、つきとばされてしまった。
「なんだい。ひでえな。ゲラ/\笑っていたくせに、感謝のマゴコロをヒレキすれば、つきとばすなんて、面白くないよ。オレだって、あんなことはしたくないよ。然し、あのほかに、やるとすりゃ、泥棒か人殺しじゃないか。男だって、パン助もやりたくなろうじゃないか」
「バカ野郎。舞台の上からチョイトなんてパン助いるかい」
「あんなこといってらア。天下の往来の方が、なお、よくねえよ」
「クビだア。出て行け」
「慌てるなよ。こっちの都合だってあるじゃないか。クビは仕方がないけど、出て行けはないでしょう。営業妨害はいけねえよ」
現代はまさしく前途に何事が起るか予測を許さぬ時代であるが、馬吉の前を希望は素通りしてしまったのである。客席の廊下をブラブラしてみたが、何事もない。退歩主義も相当困難な事業らしい。
残る方法は、泥棒であるが、切符売場の扉をあけて、
「やア、お精がでるね」
とはいって行くと、ふだんは一人で働いている売子が
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