を訪れたとしたら、担ぎやの頑固ぢぢいは家の子郎党に棍棒を握らせて鏖殺《みなごろ》しにするまでは腹の虫がおさまらないに相違ない。といつて、婚礼帰りのほろ酔ひで寒原の神聖を汚したとなると、歇私的里《ヒステリー》のお峯は悪魔を宿して、初七日を過ぎないうちに借金の催促となり、やがて一聯隊の執達吏が雪ぢかい寒村へおしよせるに違ひない。
 誰言ふとなく、学校へ集まれといふ真剣な声が村の一方にあがつた。これは金言のやうに素晴らしい思ひつきの言葉だつた。自分一人の心臓を(いや、胃袋だ!)おさへきれずにゐた幾百万の(とは言へ本当は人口二百三十六名である)村人は、血走つた眼に時雨の糸が殴り込むのを決して構はふとせずに、息をつめて知識の殿堂へ殺到した。遠い山からそれを見ると、勤勉な蟻――物を考へたり声を出したりしないところの、あの怱忙《そうぼう》な行列に酷似してゐた。この適例によつてみれば、屡々《しばしば》人に強要されるところの|時間正しさ《ポンクチュアルテ》と呼ばれるものは、全く一に無類の緊張に由るほかは厳守しがたい美徳の一つであることが分るのである。八方の山陰や谷底から現れた此等の小粒な斑点は実際五分と
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