事ぢやぞ!」と斯う言つて苦悶の百兵衛を慰めたので、これが倅の勘兵衛であることが分つた。
このやうな、いはば革命を暗示するやうな悲痛な動揺が、已に収穫《とりいれ》の終つた藁屋根の下でも、樵《きこり》小屋の前でも、山峡《やまか》ひの路上でも電波のやうに移つていつた。実際その瞬間に、ああ此の村はどうなるのだと思はせたに違ひない。村全体が一つの重々しい合唱となつて丁度地底から響くやうに、「斯うしちやあ、ゐられねえ。斯うしちやあ、ゐられねえ」と呻いた。それから、村そのものが一つの動揺となつて、居たり立つたり空間の一ヶ所を穴ぼこのやうに視凝《みつ》めたり、埋葬のやうにゆるぎだしたり、ぢりぢりと苛立ちはじめたりした。そこで、感じ易い神経をもつた山の狸や杜の鴉がどんなに勝手の違つた思ひをしたかといふことは、彼等が顔色を変えて巣をとびだすと突然夢中に走りはじめたことでも分るのである。
全く、同情ある読者諸兄は彼等の心情に一掬の泪を惜しまないであらうが、彼等は今や一年に一度の、いや、恐らく一生に一度かも知れたものではない山海の珍味を失はふとしてゐるのだ。成程これは残酷だ! 若しも彼等がお通夜帰りに婚礼
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