も気持のいいものである。とはいへ季節が秋だつたので、山もそれから山ふところの段々畑も黄色かつたり赤ちやけてゐたり、うそ寒い空の中へ冷たい枯枝を叩き込んでゐたりした。いはば荒涼とした眺めであつたが、それにも拘らず田舎はいつも長閑《のどか》なものだ。時雨が遠方の山から落葉を鳴らして走り過ぎて行くかと思ふと、低迷したどす黒い雲が急にわれて、濃厚な蒼空がその裂け目からのぞいたりした。鈍い陽射しが濡れた山腹の一部分だけさつと照らしてゐるうちに、もう又時雨が山の奥から慌てふためいて駈け出してくる。丁度さういふ時刻だつた。わが勤勉な百兵衛は平楽山の段々畑の頂上から三段目を世話してゐた。すると、突然谷底の窪地から一つの黒い塊が湧きあがつてきて導火線を這ふやうに驀地《まっしぐら》にせりあがつてきたが、音もたてずに百兵衛の腰へしがみつくと二人は全く一つになつて畑の中へめり込んでゐた。そのはづみに百兵衛は脾腹を強《した》たか蹴りあげられて、秋のさなかへあつさり悶絶しやうとしたが、すると異様な人物は、「とつつあんや、苦しかつたらぢつと我慢しなよ。人は苦しくない時に我慢といふことの出来んもんぢやからな。村は一大
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