。やれやれ、わしどもの口には二度と這入るまい因果な奴でな」なぞと言ふことに由つて、一升や二升のお土産は貰へる習慣のものである。ところへ寒川家のおやぢときては実際気前が良かつたのだ。ところが一朝通夜ときたひには――鋭い読者はもはや充分見抜かれたに相違あるまいが、寒原半左右衛門ときては近在稀れなけちん棒であつた。拙! ところで不可解至極な通念によれば、坊主といふものは此の際婚礼をおいて通夜へ廻らねばならないといふ信じ難い束縛のもとに置かれてゐる! こうして、森林寺の坊主が唐突として厭世的煩悶に陥つたことには充分理由があつたのである。
生れつき煩悶には不慣れな性質だつたので、肥満した彼の身体は内心の動揺をうまく押へたり隠したりできなかつた。つまり彼の逞ましい腕はいきなり彼の胸倉を叩いたり、あまり勝手が違ひすぎて施す方法がなかつたので、舌を出したりしたのである。が、劇しい努力の結果として会心の解決が彼を突然|雀躍《こおど》りさせた。身体がいつぺんに軽くなつた思ひがした。そこで彼は大急ぎで小僧を呼び入れたのだ。
「頓珍や。これや。もそつと前へ坐れや。よろこべよ。今夜はお前に一人前の大役を授ける
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