ら医学者を尊敬しなければならん。亡者は一日ぶん生き返つた! お通夜は明晩まで延期しなければならんのである!」
 おそらく我が国で医学の偉大さを最も痛切に味つた者は、この時の村人たちに違ひない。すすりなく者もあつた。よろめく者もあつた。校長は、「おお、偉大な、尊敬すべき……」と斯う叫んだまま、医者の手に噛みついて慟哭した。そこで、喜びに熱狂した群衆はお熊さんの蘇生を知らせに寒原家へ練りだした――が、この珍らしい医学的現象の結果、寒原半左右衛門は果してどうなつたか?
「お峯や――」と、一方、それから十分ののちだが、寒原半左右衛門は門のざわめきに吃驚《びっくり》して女房に言ひかけた。「今時分からお通夜の衆が来られたわけではあるまいな。晩飯を出すとなると――わしは別にかまひはしないけれど、ねえ、お峯や……」
「わたしや知りませんよ! わたしや此家《ここ》の御主人様ではございませんからね! 出さうと出すまいと、あんたの胸一つですよ!」
 と、斯う言つてゐるうちに、騒がしいざわめきは庭一杯にぎつしりつまつてゐたのである。「万歳」といふ声もあつた。「お目出度う」と言ふものもあつた。中には、「偉大なる
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