は、流石の女傑たちも唖然として力を落してしまふほど、精神的魅力に富んでゐた。そこで彼は踊るやうな腰つきで斯う演説をはじめた。
「みなさん! しづまりたまへ! 不肖医学士が演壇に登りましたぞ! 医学士が登壇したからしづまれ! 安心なさい! (と斯う叫んだが、実は本当の医学士ではなかつたのである)みなさんは医学を尊敬しなければなりません。何んとなれば医学は偉大であるからである。それ故医学者を尊敬しなければならんのである。みなさんは素人であるから、素人は偉くない。不肖は医学士であるから、不肖の言葉は信頼しなければならん。そこで(と、彼は一段声を張りあげた)医学の証明するところによれば、寒原家の亡者は一日ぶん生き返つたのである! (と、斯う言われた聴衆は彼の言葉を突瑳《とっさ》に理解することができなかつた)諸君! 偉大極まる医学によれば、人には往々仮死といふことが行はれると定められてある。今朝お熊さんは死んだ。これは事実である。今、お熊さんは生き返つた。これも事実である。明日、お熊さんは死ぬのである。これまた事実以外の何物でもあり得ない。諸君、医学は偉大であるから医学を疑ぐつてはならない。だか
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