医学」とか「我等の医学士」なぞといふ理解に苦しむ言葉もあつた。まつたく、この村の歴史に於て医学が偉大であつたためしは嘗てなかつたことである。半左右衛門は極度に狼狽した。うつかりすると婚礼と通夜と取り違はれたことかも知れない。なんにせよ、薄気味悪い出来事である。そこで彼はおどおどして玄関へ出て行つたが、衝立《ついたて》から首を延ばしたとたんに、不可解至極な歓声にまき込まれてぼんやりした。
「わしはハッキリ分らんのだが……」と半左右衛門は泣きほろめいて手近かの男に哀訴した。「いつたい、生きたとかお目出度いとか、つまり何かね、わしが斯うして生きてゐるのがお目出度いといふことかね? そんならわしは、わしははつきり言ふが、お目出度いことはない!」
「へえ、まつたくで。(と一人が答へた)旦那の生きてることなんざ、お目出度くもありませんや。ありがたいことには、旦那、隠居が生き返つたと斯ういふわけでね。医学は偉大でげす。ねえ、先生!」
「然り!」と、偉大な医学者は進み出た。「当家の隠居は一日ぶん生き返つたのである。偉大な医学を信頼しなければならん! それ故偉大な医学士を信頼しなければならんのである!」
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