て、自分の末路を次のやうに結んだ。
「何んだい、藪医者の奴が! 注射で人を殺した偉い先生があるもんかね!」
「いやいや、さういふもんでないぞ。(と。見給へ、半左右衛門はなほも攻勢をつづけるのである!)偉い先生のことだから患者は死ぬだけのことで助かつたといふもんでないか! これが素人であつてみい、どうなることか知れたもんでないぞ」
 とたんにお峯は鬼となつて部屋の奥へ消え失せた。――半左右衛門の後日の立場は全く痛々しいものに違ひない。熱狂した群衆の中にさへ半左右衛門に同情を寄せて、ないない気の毒な思ひをした者も二三人はあつたのだ。ところが半左右衛門自身ときては、益々有頂天になりつつあつた。彼は嬉しさのあまり身体の自由がきかなくなつて、滑りすぎる車のやうに、実にだらしなく好機嫌になつたのである。彼は揉み手をしながら、村の衆に斯う挨拶を述べた。
「わしもな、ないない一日ぶんがとこ何んとかしたいと考へとつたが、医学ちうものがこれほど偉大のもんだとは! なにせ学問のないわしのことでな。まさかに生き返るとは思ひよらないことぢやつた。なんとお目出度い話ぢややら……」
「旦那は孝行者ぢやからな。さうあらう……」と、木訥な一人が感激に目をうるませて叫んだ。「何よりお目出度い! これよりお目出度いことはない! 旦那、まづ何よりも祝ひの酒だよ!」
 酒! 驚いた! 迂闊にも程があるといふものだ! 吃驚した群衆は慌てふためいて叫んだ。
「祝盃だ! 隠居の誕生日! 酒! 酒々々々々々!」
「しかし……」と、半左右衛門は明らかにうろたへた。それから彼はひどくむつ! として、
「しかし、婆さんは死んどるわな!」と言つた。
「おや! 素人の旦那が! 旦那は何かね。自分の母親を一日早く殺さうといふ魂胆かね!」
 と、例の木訥な農夫は殆んど怒りを表はして斯う詰《なじ》つた。すると駐在所の巡査は、群衆の陰から肩を聳やかして、佩刀《はいとう》をガチャ/\いわせたのだ。半左右衛門はしどろもどろとなつたのである。
「わしは別に殺しはせんよ。婆さんは今朝から死んどるといふのに。……」
「おや! 誰が言ひましたかね!」
「医者が――」
「えへん!」
 と咳払ひをして医者は空を仰いだ。半左右衛門は口をおさへて、頬に泪を流したのである。進退全く谷《きわ》まつたのだ。突然、しかし必死の顔をあげると、彼は物凄い形相で慌た
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