離れぬ路上に人が倒れてをり、その家の壁に五|糎《センチ》ほどの孔が三十ぐらゐあいてゐた。そのとき以来、私は昼の空襲がきらひになつた。十人並の美貌も持たないくせに、思ひあがつたことをする、中学生のがさつな不良にいたづらされたやうに、空虚な不快を感じた。終戦の数日前にも昼の小型機の空襲で砂をかぶつたことがあつた。野村と二人で防空壕の修理をしてゐたら、五百米ぐらゐの低さで黒い小型機が飛んできた。ドラム缶のやうなものがフワリと離れたので私があらッと叫ぶと野村が駄目だ伏せろと言つた。防空壕の前にゐながら駈けこむ余裕がなかつたが、私は野村の顔を見てゆつくり伏せる落付があつた。お臍の下と顎の下で大地がゆら/\ゆれてグアッといふ風の音にひつくりかへされるやうな気がした、砂をかぶつたのはそれからだ。野村はかういふ時に私を大事にしてくれる男であつた。野村が生きてゐれば抱き起しにきてくれると思つたので死んだふりをしてゐたら、案の定、抱き起して、接吻して、くすぐりはじめたので、私達は抱き合つて笑ひながら転げまはつた。この時の爆弾はあんまり深く土の中へめりこんだので、私達の隣家の隣家をたつた一軒吹きとばしたゞけ
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