てゐた。私もたぶんさうだらうと考へてゐたので、せめて戦争のあひだ、野村の良い女房でゐてやりたいと思つてゐた。
 私達の住む地区が爆撃をうけたのは四月十五日の夜だつた。
 私はB29[#「29」は縦中横]の夜間の編隊空襲が好きだつた。昼の空襲は高度が高くて良く見えないし、光も色もないので厭だつた。羽田飛行場がやられたとき、黒い五六機の小型機が一機づゝゆらりと翼をひるがへして真逆様《まつさかさま》に直線をひいて降りてきた。戦争はほんとに美しい。私達はその美しさを予期することができず、戦慄の中で垣間見ることしかできないので、気付いたときには過ぎてゐる。思はせぶりもなく、みれんげもなく、そして、戦争は豪奢であつた。私は家や街や生活が失はれて行くことも憎みはしなかつた。失はれることを憎まねばならないほどの愛着が何物に対してもなかつたのだから。けれども私が息をつめて急降下爆撃を見つめてゐたら、突然耳もとでグアッと風圧が渦巻き起り、そのときはもう飛行機が頭上を掠めて通りすぎた時であり、同時に突き刺すやうな機銃の音が四方を走つたあとであつた。私は伏せる才覚もなかつた。気がついたら、十|米《メートル》と
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