目にあはせたかつたのである。私はカマキリの露骨で不潔な意地の悪い願望を憎んでゐたが、気がつくと、私も同じ願望をかくしてゐるので不快になるのであつた。私のは少し違ふと考へてみても、さうではないので、私はカマキリがなほ厭だつた。
 アメリカの飛行機が日本の低空をとびはじめた。B29[#「29」は縦中横]の編隊が頭のすぐ上を飛んで行き、飛んで帰り、私は忽ち見あきてしまつた。それはたゞ見なれない四発の美しい流線型の飛行機だといふだけのことで、あの戦争の闇の空に光芒の矢にはさまれてポッカリ浮いた鈍い銀色の飛行機ではなかつた。あの銀色の飛行機には地獄の火の色が映つてゐた。それは私の恋人だつたが、その恋人の姿はもはや失はれてしまつたことを私は痛烈に思ひ知らずにゐられなかつた。戦争は終つた! そして、それはもう取り返しのつかない遠い過去へ押しやられ、私がもはやどうもがいても再び手にとることができないのだと思つた。
「戦争も、夢のやうだつたわね」
 私は呟やかずにゐられなかつた。みんな夢かも知れないが、戦争は特別あやしい見足りない取り返しのつかない夢だつた。
「君の恋人が死んだのさ」
 野村は私の心を見
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