」
「ねえ、君」
野村はしばらくの後、笑ひながら、言つた。
「君が俺の最後の女なんだぜ。え、さうなんだ。こればつかりは、理窟ぬきで、目の前にさしせまつてゐるのだからね」
私は野村の首つたまに噛《かじ》りついてやらずにゐられなかつた。彼はハッキリ覚悟をきめてゐた。男の覚悟といふものが、こんなに可愛いゝものだとは。男がいつもこんな覚悟をきめてゐるなら、私はいつもその男の可愛いゝ女でゐてやりたい。私は目をつぶつて考へた。特攻隊の若者もこんなに可愛いゝに相違ない。もつと可愛いゝに相違ない。どんな女がどんな風に可愛がつたり可愛がられたりしてゐるのだらう、と。
★
私は戦争がすんだとき、こんな風な終り方を考へてゐなかつたので、約束が違つたやうに戸惑ひした。格好がつかなくて困つた。尤も日本の政府も軍人も坊主も学者もスパイも床屋も闇屋も芸者もみんな格好がつかなかつたのだらう。カマキリは怒つた。かんかんに怒つた。こゝでやめるとは何事だ、と言つた。東京が焼けないうちになぜやめない、と言つた。日本中がやられるまでなぜやらないか、と言つた。カマキリは日本中の人間を自分よりも不幸な
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