やられ、小型機のたつた一発で命もろとも吹きとばされるかも知れない、といふ見込みがあるためであつた。俺の壕は手ぜまだからネ、いざといふとき、一人ぐらゐ、さうだね、せゐぜゐ、あんた一人ぐらゐ泊めてやれるがネ、とカマキリは公然と露骨に言つた。
 私は正直に打開けて言へば、もし爆弾が私たちを見舞ひ、野村と家を吹きとばして私一人が生き残つても、困ることはなかつた。私はそのときこそカマキリの壕へのりこんで、カマキリの家庭を破滅させ、年老いた女房を悶死させ、やがてカマキリも同じやうに逆上させ悶死させてやらうと思つてゐた。それから先の行路にも、私は生きるといふことの不安を全然感じてゐなかつた。
 私は然し野村と二人で戦陣を逃げ、あつちへヨタ/\、こつちへヨタ/\、麦畑へもぐりこんだり、河の中を野村にだいて泳いでもらつたり、山の奥のどん底の奥へ逃げこんで、人の知らない小屋がけして、これから先の何年かの間、敵のさがす目をさけて秘密に暮すたのしさを考へてゐた。
 戦《いく》さのすんだ今こそ昔通りの生活をあたりまへだと思つてゐるけど、戦争中はこんな昔の生活は全然私の頭に浮んでこなかつた。日本人はあらかた殺され
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