てゐた。私もたぶんさうだらうと考へてゐたので、せめて戦争のあひだ、野村の良い女房でゐてやりたいと思つてゐた。
私達の住む地区が爆撃をうけたのは四月十五日の夜だつた。
私はB29[#「29」は縦中横]の夜間の編隊空襲が好きだつた。昼の空襲は高度が高くて良く見えないし、光も色もないので厭だつた。羽田飛行場がやられたとき、黒い五六機の小型機が一機づゝゆらりと翼をひるがへして真逆様《まつさかさま》に直線をひいて降りてきた。戦争はほんとに美しい。私達はその美しさを予期することができず、戦慄の中で垣間見ることしかできないので、気付いたときには過ぎてゐる。思はせぶりもなく、みれんげもなく、そして、戦争は豪奢であつた。私は家や街や生活が失はれて行くことも憎みはしなかつた。失はれることを憎まねばならないほどの愛着が何物に対してもなかつたのだから。けれども私が息をつめて急降下爆撃を見つめてゐたら、突然耳もとでグアッと風圧が渦巻き起り、そのときはもう飛行機が頭上を掠めて通りすぎた時であり、同時に突き刺すやうな機銃の音が四方を走つたあとであつた。私は伏せる才覚もなかつた。気がついたら、十|米《メートル》と離れぬ路上に人が倒れてをり、その家の壁に五|糎《センチ》ほどの孔が三十ぐらゐあいてゐた。そのとき以来、私は昼の空襲がきらひになつた。十人並の美貌も持たないくせに、思ひあがつたことをする、中学生のがさつな不良にいたづらされたやうに、空虚な不快を感じた。終戦の数日前にも昼の小型機の空襲で砂をかぶつたことがあつた。野村と二人で防空壕の修理をしてゐたら、五百米ぐらゐの低さで黒い小型機が飛んできた。ドラム缶のやうなものがフワリと離れたので私があらッと叫ぶと野村が駄目だ伏せろと言つた。防空壕の前にゐながら駈けこむ余裕がなかつたが、私は野村の顔を見てゆつくり伏せる落付があつた。お臍の下と顎の下で大地がゆら/\ゆれてグアッといふ風の音にひつくりかへされるやうな気がした、砂をかぶつたのはそれからだ。野村はかういふ時に私を大事にしてくれる男であつた。野村が生きてゐれば抱き起しにきてくれると思つたので死んだふりをしてゐたら、案の定、抱き起して、接吻して、くすぐりはじめたので、私達は抱き合つて笑ひながら転げまはつた。この時の爆弾はあんまり深く土の中へめりこんだので、私達の隣家の隣家をたつた一軒吹きとばしたゞけ
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