ゝないうちに一人のおいぼれ乞食をつくりだすのはわけはない。
 私はカマキリを乞食にしてやりたいと時々思つた。殆ど毎日思つてゐた。牡犬のやうに私のまはりを這ひまはらせたあげく毛もぬき目の玉もくりぬいて突き放してやらうかと思つた。けれども実際やつてみるほどの興味がなかつた。カマキリはよぼ/\であんまり汚い親爺なのだ。そして死にかけてゐるのだから、いつそ、ひと思ひに、さう思ふこともあるけれども、いざやつて見る気持にもならなかつた。
 それはたぶん私は野村を愛してをり、そして野村がさういふことを好まないせゐだらうと私は思つた。然し野村は私が彼を愛してゐるといふことを信用してをらず、戦争のせゐで人間がいくらか神妙になつてゐるのだらうぐらゐに考へてゐる様子であつた。
 私はむかし女郎であつた。格子にぶらさがつて、ちよつと、ちよつと、ねえ、お兄さん、と、よんでゐた女である。私はある男に落籍《ひか》されて妾になり酒場のマダムになつたが、私は淫蕩で、殆どあらゆる常連と関係した。野村もその中の一人であつた。この戦争で酒場がつゞけられなくなり、徴用だの何だのとうるさくなつて名目的に結婚する必要があつたので、独り者で、のんきで、物にこだはらない野村と同棲することにした。どうせ戦争に負けて日本中が滅茶々々になるのだから、万事がそれまでの話さ、と野村は苦笑しながら私を迎へた。結婚などゝいふ人並の考へは彼にも私にもなかつた。
 私は然し野村が昔から好きであつたし、そしてだん/\好きになつた。野村さへその気なら生涯野村の女房でゐたいと思ふやうになつてゐた。私は淫奔だから、浮気をせずにゐられない女であつた。私みたいな女は肉体の貞操などは考へてゐない。私の身体は私のオモチャで、私は私のオモチャで生涯遊ばずにゐられない女であつた。
 野村は私が一人の男に満足できない女で、男から男へ転々する女だと思つてゐるのだけれども、遊ぶことゝ愛すことゝは違ふのだ。私は遊ばずにゐられなくなる。身体が乾き、自然によぢれたり、私はほんとにいけない女だと思つてゐるが、遊びたいのは私だけなのだらうか。私は然し野村を愛してをり、遊ぶことゝは違つてゐた。けれども野村はいづれ私と別れてあたりまへの女房を貰ふつもりでをり、第一、私と別れぬさきに、戦争に叩きつぶされるか、運よく生き残つても奴隷にされてどこかへ連れて行かれるのだらうと考へ
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