昔の救世軍本部を仰いで祖国のために暗涙を流したのもムベなるかな、今日つひに敗北し、戦争十年の日本の腐敗、官界軍閥の堕落のあとを眺めれば、郡山などは最もマトモな紳士であつたではないか。大将だの大臣だの長官などゝいふのはみんなムジナかナマズか何かであり、郡山はボルネオの国民学校の優等生で全く裏も表もないそれだけの正真正銘の人間だつたのである。
 彼はこれだけ忙しい人生の合ひま/\にゲーテだのシラーだの時にはゴッホの絵本などゝいふどこから種本を見つけてくるのやら飜訳といふ仕事をやり、私が小説の本をだしたよりもたくさん飜訳の本をだしてゐるのである。
 大観堂が郡山の家へ原稿をとりに行つて呆れて帰つてきて、飜訳の大先生だからたくさんの洋書がギッシリ部屋につまつてゐると思つてゐたのに、カラッポの本箱に三十冊ほどの本がチョボ/\とあつてその大部分が講談倶楽部で洋書は一冊もありませんでした、と言つて溜息をもらした。私もこの本箱のことならよく知つてをり、まつたく講談倶楽部を入れて三十冊、それ以上のいかなる本も所持してゐないのである。かういふシブイ人物であるから杉山英樹の衒学的大風呂敷とはソリが合はないの
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