ゐると、宴会の夜更けにビールの壜で後頭部を粉砕され、それまでの人生となつてしまふ。何食はぬ顔をしてバナナの皮をプラットホームへ投げすてておいて、人がひつくり返つて線路へ落ちて電車にひかれてしまふのを待ちかまへてゐる男もある。
人間は油断をしては敗北である。気をゆるめると、してやられる。鍵だの閂かけるだけではとても安心できないのである。各々の家は鋼鉄をもつて作り、暗号仕掛の鍵をかけ、秘密の地下道によつて警視庁や消防署や病院へ連絡しておかなければならないのである。
然るに彼等は夜が明けてラヂオ体操が始まりおみをつけの匂ひなど漂ひはじめる頃になると、忽ち大事の心得をみんな忘れて元の木阿弥になつてしまふ。
朝つぱらから電車の中で隣人の肩にもたれてグウグウ眠り、余念もなく新聞を読み、三分たてば次のバスが発車するのに無我夢中で走つて折から横手から疾走して来た自動車にひかれ、それまでの人生となつてしまふ。
会社へつけばオイ子供お茶をもてなど威張り返つてお湯がぬるいなど難癖《なんくせ》をつけ忽ち生涯の禍根をつくり、さて又相好くづして恋人の手を握つたりセンチなシャンソン唄つたり、夜ともなれば虎と
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