い。信用してはいけないのである。何を企らむか知れないのだし、凡そ彼等の企らみ得ない何物も在り得ないのである。人を殺す者もあれば火をつける者もある。盗みを働く者もあれば拾つた金を届ける者まである。その上謝礼の金は要らないなど言ふ者まである。なにがなにやら、をさをさ油断はできないのである。
 レストランのボーイなどにも油断は常に禁物である。変に狎れ狎れしいのがゐたり年中ブスブスして愛嬌のないのがゐたり色とりどり並んでゐるから心易く心得て、忽ちコップをひつくり返しいい気になつてテーブルを拭かせ料理の持参がおそいなどと喰つてかかつてゐるけれども、危険この上もない話であるから慎しまねばならないのである。忽ち毒薬を盛られ、椅子の下へひつくり返つて、すでにそれまでの人生である。又山だしの女中とあなどつて、気が利かないとか大間抜けだとかこのデクノボーなど勝手なことを怒鳴りちらしてゐるけれども、これ又慎しむ必要がある。山だしの女は殊の外復讐の念旺盛で、ただ一言の侮辱に対してすらめらめらと怒りをもやし、忽ち赤ん坊を殺害し、押入へ火をつけてしまふのである。
 常々平身低頭の下役に気を良くして腹蔵なく威張つて
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