ある。人間は人間らしくなければならず、一にも二にも知的なものでなければならぬ。
 自分はこの職業をやりだしてから精神も肉体も余程変つた。ただ隙だらけの凡くら相手のことだから張合がなく、それだけ修練もつまないわけだが、油断がないと言ふことは内臓諸器官を調整し直接容姿筋骨に好影響をもたらすものであることは、これだけの経験によつても証明することが出来るのである。
 恋人女房子供といへども油断がならぬ。又、油断をしてはならないのである。どんな時でも芯からデレデレすることは全くもつて不心得で、子供とあなどつてオシッコの世話に浮身をやつしてゐるといつのまに懐中の蟇口が紛失するか知れないことを常々忘れてはならないのである。
 かくすれば家庭生活も根柢的に変革され、豊富、快適なものとなる。
 元来一般の家庭生活といふものは、閾をまたいで外へ出ても隙だらけ油断だらけの分際で、尚その上に女房子供と特殊地域を設定して、ここでは唯もう油断の仕放第、デレ放第に沈湎し、いやが上にも厭世的に生きようといふ仕組なのである。押売などに顫《ふる》へあがつてこれを三日分ぐらゐの話題にし、こんなことを生甲斐にしてやうやく露命
前へ 次へ
全18ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング