御容赦ありたい」
「なんの事情か知らないが、こッちの事情の方がお前の事情よりも一大事だ。女房と怪しい関係のある奴を見逃しておけるものか」
「いずれ後日とくとお話し致したい。本日は何とぞ見逃していただきたく、かように頭を下げてお願い致す」
 またはじまったな、と五郎は背中から大きな弓矢をとり下した。大変に大きな弓だ。普通の倍もあろうという握り太の重籐《しげどう》の弓、一尺ぢかい鋭い矢の板をつけた長大の矢。はるか頭上にトビが二羽ピーヒョロヒョロとまっている。矢をつがえて満々とひきしぼって放す。つづいて二の矢。弓矢のとどく筈のないはるか天空のトビである。しかるにこれが二羽ながら吸われるように落ちてくる。五郎は二人をとりまいている平六の家来の者に、
「トビを拾ってきてくれないかね。昨夜《ゆうべ》から食事しないので、腹がへった」
 一人の家来が持ってきたトビの一羽を平六が手にとって改めると、ド真ン中を突きぬけて、矢の羽が半分ちかくも肉の中にくいこんでいる。恐るべき強弓。家来の顔を見渡すと、みなみな口を半開きにして魂をぬかれたような顔をしている。そうだろう。五郎は一羽のトビのクビをぬいて血をすすっ
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