寺にいてやったのに、坊主になれとはとんでもない。坊主の得度は武士の元服と同じものだ。髪を切られないうちに逃げだして、得度の代りに元服いたそうと腹をきめた。
さっそくその夜のうちに箱根の山を逃げ下りて、兄十郎の閑居の戸を叩いた。一万はすでに元服して十郎となり、別に一軒をもらって閑居している。
「箱王ではないか。夜中《やちゅう》にどうした」
「明日頭を丸めて坊主にするというものですから逃げてきました。坊主になっては父の仇も討てませんからね。坊主になる代りに元服したいと思うのですが」
「それがよい。では即刻鎌倉へ参り北条どのにお願いして烏帽子親になっていただこう」
その夜のうちにうちつれて出発、北条時政を訪ねて元服の式を終り、ここに箱王は五郎|時致《ときむね》となった。
兄弟は大喜び。いよいよ力を合せて父の仇討ちに精を入れようというわけで、まず元服の報告に母を訪ねると、喜んでくれるかと思いのほか、母はにわかに顔面蒼白、気を失わんばかりによろめく身体をようやく支えて、
「出家して父の後生を弔ってくれるかと思いのほか、一人ぎめの元服とは言語道断。私には箱王という子供はあったが、五郎時致なぞ
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