通じている彦作にたのんで代理に心をきいてもらッたが、ウチワや蒸しタオルと同棲するのはイヤだし、ましてミミズと同棲するのはもう我慢ができない。自分の同棲したいのは立派に妻子を養う人間とだけだという立派な返事である。彦作はことごとく敬服して戻った。さっそく虎二郎に向って、
「イヤ、お竹さんの云うのは尤も千万だ。キミの方がどうしてもよろしくない。働いて妻子を養わなくちゃア男じゃない」
「いまは失業時代で口がないから仕方がない」
「そのこともお竹さんからきいたが、キミはニコヨンをやってたそうじゃないか。しかるに人生案内を読んだり書いたりしたいばかりにニコヨンをやめてお竹さんを働きにだしたのだそうじゃないか」
「ニコヨンの収入よりもお竹の収入の方が多いから、収入の多い方をとって入れ代ったわけだ。オレが怠け者のせいではない。オレがお竹の身代りとなってお竹の仕事をしてお竹の収入を稼ぐことができるなら喜んでそうするが、身代りがきかないから仕方がない」
「お竹さんだけを働かせないで、キミはキミで働いていたなら、こうはならなかったろうな。身からでたサビだ。心を入れかえて、今後は働いて子供を育てて、お竹さんにその働きを見せて戻ってもらうがよい」
「それまでお竹に間男させておくのかねえ」
「さ。そこだな。そこがかねての人生案内だ。今度こそはキミのホンモノの身の上をありのままに書いて、人生案内へ解答を乞うべきだ。しかしその前に大切なのは、ともかくキミが明日から働いて、人生案内はそのヒマをみて書くようにしなければならぬということだ。オレも人生案内のその解答をたのしみに待ってるぜ」
 彦作はこう云いのこして立ち去ってしまった。虎二郎はホンモノの人生案内を乞うどころではなかった。
 まず差し当り子供を預ってくれる家をさがさなければならない。ようやく料金後払い、当分はタダで里子に預ってくれる家があったので、子供を預けて、またニコヨンになった。
 さて残りの紙もペンもまだそッくりしていたけれども、どういうものか、ホンモノの身の上話を書いて人生案内を乞うことができない。第一、紙やペンを見ると、ブルブルッと胴ぶるいを発してにわかに目をつぶってしまう。
 人生案内はニセモノの快味に限るようだ。ニセモノの快味を満喫してきた虎二郎は、ホンモノに対しての人生案内の無力さをすでに痛感することを知っていた。
 人生案
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