てている後家さんだってタクサンいるよ。男なら尚さらのことじゃないか。子供をかかえてやって行けないから死ぬばかりだというのは肺病で寝たきりの病人やなんかの云うことだよ。お前さんのように五体健全で、働けないとはどういうわけだね。女房子供を養うのが男のツトメじゃないか。人生案内なんてえ妙テコリンなものに凝って働くことを忘れているような妙チキリンな人とじゃとても一しょに暮せないよ」
「今まで暮していたじゃないか」
「広い世間を知らなかったからだよ。私はもうお前さんの顔を一目見ただけでゾッとするんだから。とても同類の人間とは思われなくなッちゃッたんだから仕方がないよ。子供をかかえてとは何事だい。子供は男の働きで育てるのが当り前だよ。子供も育てられないなら、どうか子供だけは引きとって別れてくれと頼むがいいや」
「女とちがって男にはそうカンタンに口がないよ」
「なんでもするつもりなら必ずあるよ。ないと思うのはお前さんが怠け者だからよ。そこに気がつかないようだから、お前さんはタタミの上に住める身分じゃないんだよ。ドブの中へ消えちまう方が身にあってるのさ」
「よっぽどミミズと思いてえらしいけど、実はオレはこう見えてもシンからの人間なんだ。先祖代々人間だ」
「当り前じゃないか」
「それを知ってたら戻ってもらいたい。ホレ、この通り手をついてたのむ。今後は亭主風は吹かせない。お前が毎晩帰ってくると熱い湯をわかしておいて背中や手足をふいてやって、夏のうちはお前がねるまでウチワであおいでやる」
「お前さんは自分が働こうという気持がまだ起きないのだね。私はウチワや蒸しタオルと同居したくて生れてきたワケじゃアないからね」
「分らねえ人だね。そのウチワを動かすのや蒸しタオルをしぼるのがオレという人間だから、ここが人間の値打なんだ。一生ケンメイにそういう値打のあることをやるから戻ってくれとこういうワケだ。分ったろう」
「人間の値打は働いて女房子供を安楽に養うことだよ。ミミズはさッさと戻んな。もう二度と来ないでおくれ」
お竹は席を蹴って立つ。障子の外で様子をうかがっていたお竹の仲間たちがたまりかねてドッと笑いだす。これ以上長居ができないから虎二郎は子供の手をひいて空しく戻った。
その後も何回となく料理店を訪ねたが、お竹は会ってくれない。自分ではダメだから友人で役場の代書をやっている弁説も立ち法律にも
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