あるが、そんなことに構っていられない。大急ぎで帰り仕度をととのえる。こうなることを予想していたらしく、安福軒にもヌカリはない。
「もうお帰りですか」
と老婆が出てきて勘定書を差出す。明細な勘定書で、昨夜のうちに安福軒がつくっておいたものだ。安福軒の飲食代もむろんその中に書きこんである。花代として芸者の三倍もの値がついている。チップもヌカリがない。
「ここに朝食とあるが、朝食は食べずに帰るから」
「朝食は宿泊のオキマリでして、召上らないと、御損ですよ」
「二人前とあるが、安福軒の朝食も私がもつ必要があるのかい」
「それは、あなた、芸者衆の朝食ですよ。これも遊びのオキマリですから。いかが? 一本おつけ致しましょうか」
「バカにするな」
「これにこりずに、またどうぞ」
大巻先生ホウホウのていでこの閑静な旅館からとびだしたのである。
左巻き教祖
それから一年すぎた。ある日、東京芝の大巻先生の病院へ、安福軒が例の婦人をつれてきた。
「どうも、先生に泊っていただいて、それから間もなく精神病らしいんですがね。どこか精神病院へお世話願えませんか」
というのである。
仕方がないか
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