いけません。今日は土曜日、二時間前の泣顔を忘れましたね。一通りお料理がすむと当店の女主人がサービスに現れましょうから、お待ちなさい。とても、とても、温泉芸者などの比ではありませんぜ」
「何者だね」
「それは、あなた。こんな商売で暮しを立てる必要があるんですから、未亡人ですよ。年は二十九。むかしは新橋で名を売った一流の美形ですよ」
「なるほど、それは大物だ」
「大物中の大物です。料理の腕はある、行儀作法、茶の湯に至るまで確かなものです。それで美形ときてますよ。拝顔の栄に浴するだけでも男ミョウリに尽きますな」
「ウーム」
 だんだんと安福軒がたのもしくなるばかり。そのうちに、老婆に代って女主人が現れた。なるほど、美しい。白痴美というのかも知れぬが、口数少く表情に乏しいから、神様の一族のような気品がある。
「ウーム。立居フルマイ、見事なものだね。武芸者のように隙がなく、しかも溢れる色気がある」
「お気に召しましたか。では、小唄なと所望あそばしては?」
「所望してよろしいか」
「それは、あなたはお客様です。所望する分には何を所望なさってもよい。イエス、ノーは彼女が選んで答えるでしょう。いずれに
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