腹の底ではひそかにこういう怖れをいだいていた。
 さて、温泉駅へ下車すると、意外にも駅には阿二羅教のハッピをきた人々が客引きのようなことをやっている。その総大将らしい気品のある人物を見ると、なんと安福軒である。宗匠然たる風采が一段と落着きを増し、底光りを放つように見うけられたほどである。大巻先生は安福軒の背中をたたいた。
「オッ。これは珍しい。今お着きですか」
「ちょッと川野君に対面に来たのだが、君は阿二羅教の客引きの大将かい?」
「今日は教会に行事があって追々信者が集ってくるのですよ。なにもボクが信者の世話をやかなくともいいのですから、川野先生のお宅でしたらボクも一しょに参りましょう」
 肩を並べて歩きだすと、意外にも安福軒はガラリと人柄が変って、
「まったくイヤになりますよ。むかしの二号を神サマと崇めまつって、話しかけることも許されないのですからな」
「イヤなら止すがよかろう」
「それじゃ一文にもなりませんよ。こうして食いついてれば、幹部ですからかなりのミイリがあるでしょう。万国料理の方だって、教会へだす弁当の方がいい商売になるんですから、我慢第一ですよ。ちょッと、このところ、教会
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング