るほど小っちゃくなッちゃうというのは、これも雄大な神人らしい性格じゃないか。だいたい温泉町というものは、教祖の発生、ならびに教団の所在地に適しているのに、あれほどの教祖を東京へ連れてきて精神病院へブチこむなんて大マチガイだよ。彼女を敬々《うやうや》しく連れて戻って、然るべき一宗一派をひらきたまえ」
「なるほど、面白い着想ですね。先生が一肌ぬいで下さるなら、やりましょう」
「私が一肌ぬぐことはないよ。君の商才をもってヌカリなくやりたまえ」
「商才たって、商売チガイじゃ手も足もでやしませんよ。先生の肩書と名望をもって、彼女を神サマに祭りあげて下さるなら、私も彼女をお貸し致しましょう」
「私が君の彼女を借りて女教祖をつくる必要などあるものか。君がお困りの様子だから智恵を貸してあげただけだが、それが不服なら、彼女をつれて帰っていただこう」
「そんなことを云わずに、彼女をどこかへ入院させて下さいな。それがメンドーだから、そんないいカゲンなことを仰有るのでしょう」
「君たちのメンドーをみてあげる義務はないのでね。とっとと帰ってくれたまえ」
 隣のレントゲン室へ彼女を閉じこめて見張りしながらこの話をきいていた日野クンがそのとき口をはさんだ。
「チョイト。安福軒さん」
「アレ。ナレナレしいね、この人は」
「彼女をボクに貸して下さるなら、ボクが入院の手数や費用をはぶいてあげますけど」
「オヤ、面白いことを云いますね。後の始末を私に押しつけないという証文をいれさえすれば、話をきかないこともありませんよ。失礼ですが、あなた、貯金はいくらお持ちですか」
「これは恐れ入ります。税務署の手前、ちょッと金額を申上げるわけには参りませんが、ボクも呉服屋の手代という堅い商売をやってる者ですから、まちがっても、あなたに御損はおかけ致しません。その代りと致しまして、旦那との関係を清算し、爾今旦那らしい顔をしないという一札をいれていただきたいと思いますが」
 安福軒は面白そうに日野クンの顔を観察していたが、この日野クンという人は当年三十歳。呉服屋の手代とはいえギャバジンの洋服をリュウと着こなして、見るからに少し足りないアプレ型である。いくらかシボレそうだと考えた。
「あなたもお察しと思うが、あれだけの美形を手放すからにはタダというわけには参らないが、ま、そのへんで飯をくってゆっくり話をいたしましょうか」
「それがよろしいですね」
 意外な結果になった。二人は何が嬉しいのか分らないが、申し合せたように浮き浮きした顔をしている。どちらも成行きに満足であり、また成算あるもののようであった。そして、もう大巻先生に用はなくなったらしく、
「では……」
 と両名目で合図、軽く先生に挨拶を残し、この診察室で誕生した神人をそれぞれの流儀によっていたわりながら退去したのである。

     神サマの客引き

 それからまた一年すぎた。ちょうど日曜と祭日がつづいたので、大巻先生はかねて志していた例の温泉へでかけた。
 その温泉では阿二羅《あにら》サマという新興宗教が発生して、大巻先生もその信者だということになっている。川野水太郎という文士が一肌ぬいでいるという噂もあるし、安福軒が家業の万国料理をホーテキして入れ揚げているという風聞も伝わっている。教祖を阿二羅大夫人と云い、管長は三十ぐらいの弁舌さわやかな人物だというから、みんなそれぞれ思い当るところがある。阿二羅教のことについて大巻先生に問い合せてくる者もある始末で、何か宣伝の材料に使われているという話であるから、折を見て偵察にでかけてみたいと考えていたのである。
 しかし、大巻先生のところへ問い合せてくる者の多くが、阿二羅教について悪い噂をもってくることが少い。先生が医者のせいがあるかも知れぬが、申し合せたように治病能力が特に絶大だということを云ってくる。それが先生の気がかりの第一であった。
 大巻先生は開業医という商売柄、医者の流行の真因は何かということについては、ひそかに痛感することがあったのである。むろん医学上の手腕にもよるが、処世上の手腕がまた大切で、特に治病を促進するものは何よりも医者に具わる暗示力ではないかということをひそかに考えていたのである。
「阿二羅大夫人なる女性には生れつき具わる白痴的な気高さがあった。今にして考えると性慾を絶するような悲愴なところがあったなア。オレは今ごろ気がついたが、日野管長が一目でそれを見ぬいたとすると、これもアッパレな人物だ。あの変テコな気品で、自分でこしらえた勝手な新語を使いまくって、悩める者に解答を与えると、なるほど相当な治病能力があるかも知れぬ。なんしろ人間どもをバカときめてかかっている御仁には、とても人間どもはかなわない。大夫人の威力なるものを一ツ見学してみたいものだ」
 大巻博士は
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