にわかに三ツ同時にテーブルの上へころがり落ちたのである。
 今度は笛が舞い上った。そして物悲しげな笛の音がかすかに宙から起ってきた。しかしそれも人が吹いているのではない。なぜなら笛は木から木へとぶムササビのように右から左へ左から右へ絶え間なくはげしい運動をつづけているからだ。人形が舞い上った。物悲しげな笛の音はなおもかすかに断続している。にわかに二ツが空中高く舞い上って落下した。すでに土ビンと茶ワンが舞い上っている。二ツがカチカチふれあう。はなれる、またふれあう。土ビンが傾いて茶ワンに水をつぎこんでいる。土ビンと茶ワンの上下の距離がはなれたり近づいたり。土ビンと茶ワンが一回転して前へ落ちた。
 人々はカタズをのんで待ちかまえたが、心霊現象はそれで終っていたのである。人々はいまにテーブルが動きだすかと特にそれを待っていた。もっともそのテーブルには夜光塗料がぬってないから、動きだしてもドスンバタンと音をたてるぐらいのものであろう。しかし九太夫がそのテーブルを改めたのを人々は見ているから、特にその期待が大きかったのである。
 しかし、いつまでたっても何事も起らない。また終りの音楽も鳴りださない。とうとうシビレを切らせて、人々の中には身動きをはじめたりセキばらいをする者も現れた。するとボックスの方からも、
「オーウ」
 と例の遠い山のフクロウのような声がきこえてきた。しかし何事もないので、また、
「オーウ」
 と同じ声が起った。音楽をサイソクしているらしいのである。
「どうも、おかしい。どなたか、電燈をつけて下さい」
 九太夫がセカセカした声で叫んだ。誰か立った。電燈がついた。電燈をつけたのは糸子であった。見物席の一同には変りがない。ただ一人、一同に離れ、テーブルの側面にポータブルに対している仙七だけが俯伏している。その背中から真上へ突きでているものがある。短剣のツカだ。短剣はほぼその根本まで胸を突き刺しているのである。仙七はもう動かなかった。一同が抱き起してみると、彼はすでにことぎれていた。

     ★

 次に各人の証言のうち主なるものを記する前に、当夜の各人の位置について図解を示しておくことにする。
[#各人の位置の図(fig43247_01.png)入る]
 Aボックス(即ち吉田八十松) B仙七 C茂手木 D岸井 E九太夫 F勝美 Gミドリ H糸子 I辰男
  糸子の証言
 ――この短剣に見覚えがありますか
 ――あります。たしか応接間の飾り棚の中に人形だの船の模型だのガラクタ類と一しょに置き並べてあったものです。西洋の短剣で高価なものではないようです
 ――応接間にはガラクタを並べておくのですか
 ――商売が高利貸ですから差押えで仕方なしにガラクタがふえるんですね。家中どの部屋も床の間の違い棚や飾り棚の中にガラクタだらけなんです
 ――いつなくなったか覚えていますか
 ――そんなことは知りません
 ――皆さんが坐っていた場所はこうでしたね
 ――こうだったと思います
 ――誰かがお父さんの方へ歩く気配に気附きましたか
 ――全然
 ――お父さんの刺された気配は
 ――全然
 ――あなたと兄さんだけが後方に坐っていたのですね
 ――兄は立ってたんですよ。坐れば見えませんから。立ってたから後でよかったんでしょうね

  九太夫の証言
 吉田八十松は名手の名のある人ですが、旅先のことで人をアッと云わせる芸はできない相談だったのですね。それでもわずかな材料を生かして意表をつく苦心を払ったようです。たとえば中央にテーブルをすえ、下にはジュウタン、側面と天井には暗幕をはりめぐらして、いかにもテーブルをあげてみせるぞと云わぬばかり、ジュウタンの下や暗幕の上から側面すべてコードや紐の仕掛け充分の様子にこしらえておいたのです。そのくせ、その仕掛けは何一つほどこしておかなかったのです。これはたぶん見物の者がそれを改めることを予期して裏をかいたのかと思いますが、あるいは被害者からでも私が参観にくることを前もって知らせをうけて意表にでた用意かも知れません。したがってボックスの中からカラクリをやる手法も用いません。ボックスの内から外へ通じる仕掛けは一切ほどこさぬ用心をしていたのです。したがってあの人が行ったのは縄ぬけして前面へでて曲芸をやることだけでした。この曲芸も最初にちょッと意表をつきましたね。かなり巧妙な方法でした。夜光塗料の品物でなしに、まず四ポンドぐらいの鉄丸と音響仕掛けの道具を投げたんですね。鉄丸の落下音も相当なものでしたが音響仕掛けのガラガラガラという怪音には悩まされましたよ。むろんこれには紐がつけてあって、あとでたぐりよせてポケットへなりボックスの中へなり隠しこむのです。こうしてガンとおどかしておいて夜光塗料の品々をあやつりはじめたわけですが、え? ハモニカや笛は吹けなかったはずだと皆さんが仰有ってるんですか。それはあのハモニカや笛は吹ける道理がありません。別のハモニカ別の笛を吹いてるのですよ。口にくわえッ放しにね。夜光塗料のぬってない別の物、ポケットの中の品物です。で、結局私には後閑さんの殺されなすッた音をききわけることができなかったのですが、たぶんあのガラガラの最中ですね。あの音響の最中に皆々悩まされたあげく方々に溜息や呻き声が起りました。たぶんその一ツが被害者の苦悶の呻きではなかったでしょうか。うまく重なったものですよ。偶然です。たぶん犯人は音楽がはじまると同時に行動を起し被害者の後へまわって音楽の発する位置をたよりに狙いをつけていたものと思われますが、たまたまガラガラのチャンスを利用して非常に安全に目的を達することができたのですね。ガラガラがなくたって目的は達せますが、いくぶん危険ですね。苦悶の声や何かで早く判ってしまうでしょう。もっとも電燈をつけるまでには間があるでしょうから、自分の元の位置へ戻る時間に不足はないと思います。しかし呼吸の乱れや何か、隠しきるには一苦労も二苦労もしなければならぬ道理です。犯人の心当りですか。それがとんと分らぬのです。注意はもっぱら心霊術の方に吸いとられておりますし、吉田八十松さんがあれだけ歩きまわっても音のしないように仕掛けたジュウタンですから、忍び足の犯人の気配が分るものではありません。それが判るぐらいなら心霊術の縄ぬけの手品がすぐ判る道理じゃありませんか。見物人には吉田八十松さんが縄ぬけして前の方まで歩いてきて手品の数々をやっているとは気がつかないのですからね。事件発覚後の各人の挙動についてですか。左様ですね。各人一様に茫然たる有様という以外に特別の不審の者はおりませんでしたね。警察へ電話をかけに糸子さんが外へでました。しかし他の者一同はいましめあいました。警官の到着まで外へでた者はありませんでした。誰しも疑られるのはイヤですから、外へ出たいと云った者もおりません。そうこうしているところへ、吉田八十松さんが仕方なく自分で縄をといて出てきました。あの人にしてみれば自分で縄ぬけできるのを人に知られたくないわけですが、様子が判ってみればいつまでもボックスに鎮坐していられなくなったのでしょう。もっとも、殺人どこ吹く風というように、手首をもんでいるばかり、一言も喋りませんでした。ちょッとした変人ですね。心霊術師としては奇術の腕がたしかです。私が見たうちでは一番と申せましょう。夜光塗料をぬった道具類のさばきなぞはあざやかで、ハモニカを口にくわえて吹きながら、他のハモニカとメガホンとラッパの三ツを同時に空中に使いわけたのは一寸《ちょっと》したものです。私ならもっとうまくやってのける自信はありますがね。どうも奇術の話ばかりで恐縮ですが、それしか注意していなかったんですから、どうにも仕方がありません。

  茂手木の証言
 仰有るように、ぼくが被害者に最も近い位置にいたわけなんですが、大変な音響でしたし、奇術にばかり心をとられていたものですから、人の気配も、被害者の刺された気配も、全く気がつきませんでした。え? 犯人の心当りですッて? あの場合、誰だって後閑さんを殺すことができましたよ。あれぐらい人殺しにお誂《あつら》え向きのチャンスはありませんねえ。それはもうあの場に居合わせた全員が容疑者ですよ。全員が犯人でありうるのです。むろんぼくなぞ位置は近いし疑られても仕方がありませんが、ぼくがあの人を殺す理由がないじゃありませんか。問題は結局なぜ殺したか。その理由、動機というものの問題ではありませんかね。え? 勝美にも遺産の四分の一がころがりこむのですか。いえ、一向に存じませんでした。他家へ縁づいた女にまで均等の遺産がねえ。相続なんてえことを考えてみたことがありませんので、そんな新法律は全く知りませんでしたよ。え? ぼくの職業ですか? 土建会社の平社員ですよ。社長の秘書、悪く云えば用心棒ですかね。法律には縁がありません。

  吉田八十松の証言
 あの人が奇術師の伊勢崎九太夫ですか。それじゃアどうも嘘をついてもはじまりません。あの人の名は心霊術の仲間うちでは評判でしてな。こまったお方が現れたものですな。それはもうあの方の仰有る通りで。縄をぬけて前方へでて曲芸をやったわけですな。丸一小鉄をへタにした曲芸を暗闇でやるわけなんです。いえ、あれだけが心霊術ではありません。他にたとえば翌日やるはずになっておった幽霊をだして物をきき物を語らせるというのがむしろ心霊術の主眼ですが。え? その種あかしですか? そればッかりはカンベンして下さい。それを知られてしまえば元も子もなくなるのでしてな。ま、私は私なりに発明した手法などがありましてな。他の業者にもそれを知られてしまえばこんな不都合はありませんでな。え? あの晩のガラガラですか。あれも私の新作でして、ありきたりの手法に満足しなくなった見物衆のドギモをぬくために近ごろ発明いたしました。今回ははじめての依頼者ですから、敵地へのりこむ心得で新作品を一二用意して参ったのですが、それが犯人に利用されるとは思いがけないことでしたな。鉄丸の目方は三ポンド半です。え? 伊勢崎さんは四ポンドぐらいの鉄丸と仰有いましたか。おどろいたお方ですな。何もかも見通しじゃアありませんか。とてもかないません。いえ、犯人が私の方を廻って行ったような気配はありませんですな。左様、私の位置が犯人には判るまいと思われますので、私をすりぬけて行くことは不可能ではありますまいか。もっとも伊勢崎九太夫さんなら、それはできます。私のいる位置などあの方にはタナゴコロをさすようでして、次にどこ、次にはどこへということまで暗闇の中でちゃんとお判りでしたろう。その他の方々には無理でしょうな。へえ、当日、後閑さんと最も多く話を交したのは私だったかも知れませんが、みんな心霊術に関することばかりでして、あの方の身に危険が迫っているようなこと、むろん一言も仰有る道理がありません。なんしろ初対面でしてな。

  辰男の証言
 ――年齢は
 ――三十一年五ヶ月です
 ――お前は父を憎んでいたそうだな
 ――大ざっぱに分類すれば、好きな父ではありませんが、憎むといっては言いすぎじゃアありませんか
 ――何億の財産がころがりこんで、うれしいだろうな
 ――それは悪い気持じゃありませんよ
 ――素直に白状してしまえ。みんな判っているのだ
 ――何が判ってるんです。ぼくが殺したと仰有るのですか。証拠があったら見せて下さい
 ――いまに見せてやる。時にお前はどっちを廻って行ったのだ。糸子のうしろの方だな
 ――ぼくは動きませんよ
 ――ミドリはお前が立ち去る気配に気づいたと言っておるよ
 ――冗談でしょう
 ――糸子も同じように証言をしている。かたわらを通りすぎたのは子供のような感じだったと云ってるぞ
 ――暗闇のことが判るものですか
 ――暗闇だからバレるはずがないと思っているのだ
 ――考えてみて下さい。父を殺さなくッたッて、やがて父が死んだあかつきは財産はぼくの物ではありませんか。わざわざ殺す必要があるものですか
 ――ビルマ
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