とすれば、日本へ帰って仙七の顔を見るのがやりきれないせいだろう。仙七の妻女は二年前に死んだが、そういう時世ではないからと云って葬式もだしてやらなかった。もっとも、勝美、ミドリ、糸子の姉妹三人はそれには至極賛成で、愛情のない葬式なんかださない方がよい、お体裁にナムアミダブツなぞ唱えるのは却って不潔でいやらしいという説であったが、一寸法師の辰男だけが不満不服をもらしたのは母に愛情が強かったせいであろう。母は一寸法師が宿の客ひきをして大荷物をブラさげてよたよたしているのを気の毒がっていた唯一の家族だったからである。
 しかし、とにかく仙七がビルマの孫をひきとると称し、その所在を知るため長男の霊をよぶと称してはるばる大和から吉田八十松という心霊術師をよびよせることになったのは事実であるから、そもそも彼の真のコンタンは何であるか、兄妹そろって先ずもってこう考えたのは当然であろう。
 ところが半年ぐらい前から仙七の様子にいささか変なところがあった。時々陰鬱な顔で放心しているようなことがあったのである。陰鬱なのは今にはじまったことではないが、放心を人に見せるような仙七ではなかった。また時々イライラ、
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