曜は一同足どめをくらッたまま何事もなくて、月曜に至って後閑邸へ参集を命じられた。午後六時半には日が暮れるから一時間半くりあげて七時から前々日と同じことを実演してみることになったのである。
各人の後閑邸到着から実演室への着席まで順を追うてやるのだが、ここらへんで便所へ行ッたッけ、お茶が来たッけ、そうだったかなアというアンバイで埒があかない。威勢のよい茂手木はとうとう怒ってしまった。
「オレは勤め人だぜ。熱海へ足どめしてくだらないことをさせて、だいたい警察のやり方がなってやしねえや。最新の科学を利用してテキパキと物的証拠がつかめねえのかやい。銭形平次時代みたいな実演会なぞ今どきやるとは何事だ」
「ま、キミ、我慢して今晩だけつきあってくれたまえ。明日からは自由だから」
というようなわけ。
まず見物人が着席する。現場は死体がないだけで、そっくり以前のままである。吉田八十松はこれまた哀れで、仙七とどこでどうして何を喋ってどこを通ってと相手がいないのに相手のぶんまでやらされて、ようやく実演室へたどりつく。つづいて糸子がアタフタかけこんできて、
「間に合ったア! バカバカしい!」
ヤケを起して、ころげまわっている。いずれも先日同様のもしくは類似の服装であるが、茂手木と岸井は洋服に靴下、吉田八十松も洋服に靴下ばきで九太夫と辰男が足袋である。女もむろん足袋か靴下で、素足の者は一人もいない。
警官が代って吉田八十松をイスにしばりつけ、いよいよ実演の段取りとなったが、今度は八十松が怒ってしまった。警官たちを睨みまわして、
「あなた方、どうしてそこいらに立ってなさるんです。それじゃア実演ができません。とっとと引きとっていただきたいね」
「警官が立ち合わなくちゃア実演の意味をなさんのでな」
「そんなにたくさんアチコチにいちゃア邪魔で仕様がない」
「この警官たちが皆さんの代りに被害者の方へ歩いたり、その気配をききとめたりする役目なのだから仕方がないよ」
「しかし、あなた、私の方の側にいちゃア、鉄丸を投げたり、ガラガラを投げたり、いろいろなものを上へ投げたり振り廻したりするのだから、それじゃアとうてい実演するわけにいきません」
「それはもッともだ。そっち側の警官は不要なのだから、邪魔にならない隅の方へ、その床の間のあたりへ集まるがよい」
ようやく準備ができた。被害者の方へ忍んで行くのは辰男、茂手木、糸子の三名の代人だけらしく、三名のうしろのそれぞれの位置に警官がいる。また、岸井、九太夫、勝美のうしろは無人のところを、ここには聴き役の警官が座についている。
糸子が電燈を消してきた。
「オーウ」
という八十松の遠吠え。警官の隊長が代りをつとめたらしくポータブルが鳴りだした。それからは先夜そのままである。さすがに八十松の芸は巧妙で、時間の間隔まで間髪の差もなく、舞い廻る品々も同じ場所に同じ動きを示したように思われた。
こんなことをやってみたって、実はムダにすぎないのだ。心霊術に注意を集中している場合と他の物音に注意を集中している場合とではその差甚大ではないか。甚大すぎる差と云えよう。それですら物音はほとんどききとれなかったのだから、この実演の結果は全員の容疑が一様に深まっただけで、特定の一人の容疑を深めることは完全に失敗に終ったのである。
特定の一人と云えば、特に茂手木の代人はガラガラが鳴りはじめてから行動を起し、鳴り終る前に行動を終えてなお余裕シャクシャクたるものがあったのだが、かかるガラガラの鳴ることを予期しうるはずもなく(九太夫すら予期しなかった)またその鳴りつづく時間を予知できるはずもない。だからそれを容疑の理由にすることは無理であった。
実演を終えると辰男は容疑者組をひきとめて、
「一パイやろうじゃありませんか。オヤジのガマ口の中のものを失敬しても、みんなで一パイやるぶんには差支えはありますまい。今夜は当家カイビャク以来の宴会でさア」
と云っても大したゴチソウはでやしない。そのへんのテンヤ物をとって酒宴をやった。警官に一パイどうぞなぞと誰一人云う者がいない。容疑者ともなれば皆々ムカッ腹をたてるのは当然で、なまじお世辞を使ったばかりにかえって怪しまれては物騒と、知らぬ顔をしている。
警官たちはなおしばらく現場の方で何かやっていたが、やがて署長が現れて、
「ヤ、皆さん、まことに御苦労さまでした。さぞイヤな思いをなさッたでしょうが、もう今夜限りで足どめは致しません。東京の方は東京へ、大和の吉田さんは大和へ、それぞれ遠慮なくお帰り下さい。現場の幕や道具類は用がありませんから御随意に荷造りして下さい。ただジュウタンだけは血がついておって証拠品ですから暫時警察でお預りいたします」
「ジュウタンとテーブルだけは御当家のものです」
「そうです
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