にもそれを知られてしまえばこんな不都合はありませんでな。え? あの晩のガラガラですか。あれも私の新作でして、ありきたりの手法に満足しなくなった見物衆のドギモをぬくために近ごろ発明いたしました。今回ははじめての依頼者ですから、敵地へのりこむ心得で新作品を一二用意して参ったのですが、それが犯人に利用されるとは思いがけないことでしたな。鉄丸の目方は三ポンド半です。え? 伊勢崎さんは四ポンドぐらいの鉄丸と仰有いましたか。おどろいたお方ですな。何もかも見通しじゃアありませんか。とてもかないません。いえ、犯人が私の方を廻って行ったような気配はありませんですな。左様、私の位置が犯人には判るまいと思われますので、私をすりぬけて行くことは不可能ではありますまいか。もっとも伊勢崎九太夫さんなら、それはできます。私のいる位置などあの方にはタナゴコロをさすようでして、次にどこ、次にはどこへということまで暗闇の中でちゃんとお判りでしたろう。その他の方々には無理でしょうな。へえ、当日、後閑さんと最も多く話を交したのは私だったかも知れませんが、みんな心霊術に関することばかりでして、あの方の身に危険が迫っているようなこと、むろん一言も仰有る道理がありません。なんしろ初対面でしてな。
辰男の証言
――年齢は
――三十一年五ヶ月です
――お前は父を憎んでいたそうだな
――大ざっぱに分類すれば、好きな父ではありませんが、憎むといっては言いすぎじゃアありませんか
――何億の財産がころがりこんで、うれしいだろうな
――それは悪い気持じゃありませんよ
――素直に白状してしまえ。みんな判っているのだ
――何が判ってるんです。ぼくが殺したと仰有るのですか。証拠があったら見せて下さい
――いまに見せてやる。時にお前はどっちを廻って行ったのだ。糸子のうしろの方だな
――ぼくは動きませんよ
――ミドリはお前が立ち去る気配に気づいたと言っておるよ
――冗談でしょう
――糸子も同じように証言をしている。かたわらを通りすぎたのは子供のような感じだったと云ってるぞ
――暗闇のことが判るものですか
――暗闇だからバレるはずがないと思っているのだ
――考えてみて下さい。父を殺さなくッたッて、やがて父が死んだあかつきは財産はぼくの物ではありませんか。わざわざ殺す必要があるものですか
――ビルマの孫がくると財産はお前の物ではなくなるのだ
――そのための心霊術実験会ではありませんか。伊勢崎さんは絶対にインチキだから心配するなと力をつけて下さっています。この実験会の結果、父のビルマ訪問が不可能になるのを信じていたのですから、父を殺す必要はないのです。だいたいぼくはシガない客ひき番頭ですが、ともかく暮しにこまらない定職があって多少の貯金もあるほどですから、今すぐに父の財産をつぐ必要なぞないのです。老後安穏に暮せるだけで結構で、今のうちはその希望とともに客ひき番頭でノラクラ暮している方がむしろ生きガイやハリがあってたのしい毎日だったんですよ。今すぐ父のあとをつぐというのは、むしろ怖しくて望ましいことではなかったのです
――伊勢崎九太夫は吉田八十松の心霊術をほめてるぞ。日本一だと云ってる。ビルマの孫の所や名を言い当てるのは不可能でないとほめちぎっているのだ
――ぼくはそんなことは初耳ですよ。伊勢崎さんが心霊術のインチキをあばいて下さるものと確信していたのです
――お前の着物に血がついてたぞ
――それは父を抱き起したのがぼくですから、血がついても仕方がありません。あの場に居合わせた人々の中で父を抱き起す役割は当然ぼくがひきうける以外に仕方がないではありませんか
――お前はバカ力があるんだなア
――客ひきですから年中荷物をぶらさげて歩いてるせいでしょう
――お前は坐っている人を立ったまま力いっぱい突くことができるんだからなア
――それはできるでしょう。やろうと思えばね。しかし、ぼくはやりません。そんな危い橋を渡らなくっても、待ちさえすれば自然にころげこむ財産ですからね
――その一ツ文句で云い逃れができるつもりか
――真実には多くの言葉は無用ですよ。ぼくがあせって父を殺す必要は毛頭ないのですから、それで言葉はつきてますよ
――頑固な奴だ。今日は帰してやるから一晩ゆっくり考えてみるがよい
谷村警部の補足せる報告。
兇器は後閑邸応接間の短剣。サヤは死体のかたわらに発見せらる。証拠物件はこの一ツのみ。鑑識の結果、指紋の検出を得ず。
目下の状況に於ては現場に同席せる全員を容疑者と目する以外に有力なる証言を得ず。位置の関係より、辰男、茂手木、糸子に最も可能性ありとするも、他の四名を不可能と断ずる根拠またなし。以上
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