か。それではなおさら都合がよい。奥に二個荷造りしたままの荷物がありますが、あれは吉田さんお使いにならなかったのですか」
「あれは特定の霊をよびだす時の道具立てでして、実は翌る晩に用いることになっていたのですが、その用がなくなったわけです」
「道具立てがなくちゃア幽霊はでませんかな。心霊術の幽霊はホンモノよりも芝居の幽霊に似ているようですな」
「ま、そんなわけです」
「では、失礼」
 警官一行はチョッピリと心霊術に皮肉をのこして立ち去ったのである。警官にしてみればイマイマしい心霊術めというわけだろう。こんなものがなければ、こんなヤッカイな事件は起りやしなかったのだ。
 商売熱心の九太夫はふと気がついた様子で八十松に向って、
「吉田さんにお願いがあるんですが、心霊術ではさすが日本一と評判の高いあなた、実は私、特定の霊をよぶ方にはあまりめぐりあったことがございませんのでね。ひとつこの機会に、妙な因縁ですがこうして変な風にジッコンを重ねた御縁に、今晩特定の霊をよぶ方の心霊術を見せていただけませんか。もちろん謝礼はいたしますが」
 すると糸子がおどりあがって、手をうってよろこんで、
「すばらしいわね。お父さんの幽霊をだしてちょうだい。犯人をききましょうよ」
 八十松は頭をかいて、
「あの暗闇じゃアお父さまにも犯人は判りますまい。それに私が犯人を知らない限り幽霊も犯人を知らない規定になっておりまして、ま、あなた方には白状しておきますが、さっきの署長の言葉の通り、ホンモノよりも芝居の幽霊に似すぎているんですな。とても伊勢崎さんにお目にかけられるような芸ではありません。それに、こう申しては失礼のようですが、この八名の中に一名の真犯人がいることだけは確かでして、どなたがそれとは分りませんが、私としましても幽霊の術を見せてあげるような気分にはなれませんでな」
「当然。当然。だいたいこんな晩に幽霊をよぶ術をやろうなどとは不謹慎千万だ」
 茂手木が大きな身体をゆすりあげて、怒り声で喚いた。糸子は怒って、
「こんな晩て、どんな晩なのさ。たかがオヤジが殺されたぐらい。セイセイして当分結構な晩じゃないの」
「そうかも知れないわね。私もそう悪い気持じゃないわ」
 とミドリが糸子に加勢した。そして、こうつけ加えて云ったのである。
「私はね。あの心霊術の音楽が真ッ暗闇で鳴りだしたとき、いまピストルか短刀があったら父を殺してやりたいと思ったのよ。そのうちにガラガラが鳴りだす。ええ、畜生め、無念だなアと思ってね。思わず無念の呻き声をたてたのよ」
 何屈託のないノンキな顔だ。九太夫はあきれて、
「ハア。そういう真剣な呻き声もあったんですか」
「そうなんですよ。私の心霊作用が犯人さんにのりうつッてね。つまり私は共犯かな」
「やめとけ!」
 一寸法師が立ち上ってジダンダふんで怒りだした。酒がまわって真ッ赤なホーズキのような顔である。怒りがなかなかとまらぬらしくアチコチ駈けずりまわってはジダンダふんでいる。
 こうして怒りを自制する方法を常用しているのかも知れない。糸子はそれをおもしろがって眺めていたが、
「天下一品の兄貴だよ。とても肩身がひろくッてね。熱海の駅で客ひきしてる一寸法師の妹を知らねえかア。時々タンカをきってやるのさ。私の坊やフレンドにね」
「ヤイ、帰れえ! みんな帰れえ!」
「お前がでてけえ!」
「ヤイ、糸子!」
「なんだい、ジダンダふんだって一メートルじゃアはえないや。クビをくくるにはカモイが高すぎるし、いい身分だなア」
「ウーム!」
 一寸法師は益々真ッ赤になって必死に我慢しているのである。
「ではお先に」
 と九太夫は腰をあげて、急いで戻ったのである。
 もっとも九太夫は決して不愉快だったわけではない。なんとなく憎みきれない一族だ。むしろ好意を感じた方が強かった。どことなく天真ランマンなのである。ヤケのヤンパチの底をついているにしても。

           ★

 九太夫はねられぬままに犯人は誰かということについて考えてみた。
 あの暗闇ではみんなが殺しに行くことができる。そして殺すことができる。しかし奇術師として考えてみても、殺してから元の位置へ誰にもさとられずに、ぶつかったり、さわったりせずに戻ってくることが難物だ。人と人にはさまれた位置の者が特に困難である。奇術師の立場からでも相当に難物だ。ところが電燈がついたとき、一同元の位置にいたのであるから、人と人にはさまれた位置の者、特に九太夫その人の両側は犯人の容疑から取り除いてもよろしいようだ。実際問題として不可能に思われるのである。その両側は岸井と勝美であった。
 両端の茂手木とミドリ、糸子と辰男は元の位置へ戻るのが割合楽だ。しかしミドリは離れすぎている。そして辰男の前面へ戻ってこなければならぬ。
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