父の葬儀の焼香に現れた信長は袴をはいていなかった。髪は茶筅髪《ちゃせんがみ》、つまりフンドシカツギのマゲだ、腰の太刀にはシメ縄がまいてある、悪太郎が川の釣から帰ってきたような姿で現れ、仏前へズカズカとすゝんで、クワッと抹香をつかんで仏前めがけて投げつけた。
死者は何ものであるか。白骨である。仏者の説く真理であり、万人の知る真理であるが、果して何人がその真相を冷然と直視しているであろうか。
悪童信長は街を歩きながら、栗をくい、餅をほおばり、瓜にかぶりつき、人の肩によりかゝったり、つるさがったりしなければ歩かなかった。呆れ果てたるバカ若殿、大ウツケ者、それが城下の定評であった。
信長を育てた老臣平手|中務《なかつかさ》は諌言の遺書を残して自殺した。その忠誠、マゴコロは、さすがの悪童もハラワタをむしったものだ。悪童は鷹狩で得た鳥を高々と虚空へ投げて、ジジイ、これを食え、と言った。水練の河辺に立って、時々ふと涙ぐみ、川の水を足で蹴りあげて、ジジイ、これをのんでくれよ、と叫んだ。おのれを虚《むなしゅ》うするものゝみが、悪党の魂に感動を与える。信長が秀吉の忠誠に見たものも、おのれを虚うするマ
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