なつたんだよ」
「でも、もつとよ、あなた、私、あなたを愛しているわ、私、わかつたわ。でも、私のからだ、どうして、だめなのでせう」
女は迸るやうに泣きむせんだ。野村が女を愛撫しようとすると、
「いや。いや、いや。私、あなたにすまないのよ。私、死ねばよかつた。ねえ、あなた、私達、死ねばよかつたのよ」
然し、野村は、さして感動してゐなかつた。感動はあつたが、そのあべこべの冷やかなものもあつたのである。
いつも一時的に亢奮し、感動する女なのである。今日の女は可愛い。然し、浮気の本性は、どうすることも出来る女ではない。
★
女は遊ぶといふことに執念深い本能的な追求をもつてゐた。バクチが好きである。ダンスが好きである。旅行が好きである。けれども空襲に封じられて思ふやうに行かないので、自転車の稽古をはじめた。野村も一緒に自転車に乗り、二人そろつて二時間ほど散歩する。それがたしかに面白いのである。
交通機関が極度に損はれて、歩行が主要な交通機関なのだから、自転車の速力ですら新鮮であり、死相を呈した焼け野の街で変に生気がこもるのだ。今となつては馬鹿げたことだが、一杯の茶
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