の?」
「ほんとうさ」
「さうかしら」
 女は立つて隣家へきゝにでかけた。一時間ほども隣組のあちこちを喋り廻つて戻つてきて、
「温泉へ行きませうよ」
「歩けなくちや、仕様もない」
「日本はどうなるのでせう」
「そんなこと、俺に分るものかね」
「どうなつても構はないわね。どうせ焼け野だもの。おいしい紅茶、いかが」
「欲しいね」
 女は紅茶をつくつて持つてきた。野村が起きようとすると、
「飲ましてあげるから、ねてゐてちやうだい。ハイ、めしあがれ」
「いやだよ、そんな。子供みたいに匙に半分づゝシャぶつてゐられるものか」
「かうして飲んで下さらなければ、あげないから。ほんとに、捨てちやうから」
「つまらぬことを思ひつくものぢやないか」
「病気で、おまけに戦争に負けたから、うんと可愛がつてあげるのよ。可愛がられて、おいや」
 女は口にふくんで、野村の口にうつした。
「今度はあなたが私に飲ましてちやうだいよ。ねえ、起きて、ほら」
「いやだよ。寝たり起きたり」
「でもよ、おねがひだから、ほら、あなたの口からよ」
 女はねて、うつとり口をあけてゐる。女は小量の紅茶をいたはるやうに飲んで口のまはりを甜《
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