をはねのけ始めた。石は一ツ十五貫あり、尻もちをついた姿勢ではねのけるには異常の力が必要だつた。全部の石をとり去ることができたとき、彼はめまひと喪失を感じかけたが、意志の力が足の骨折を助けたことに満足の気持を覚えた。それと同時に、歩行に不自由では愈々戦争にやられる時も近づいたやうだと思つた。そして、始めて女を呼んだ。そして、リヤカーにのせられて病院へ行つた。
 終戦の日はまだ歩くことができなかつた。
 生きて戦争を終り得ようとは! 傷の苦痛が生々しいので、その思ひは強かつた。けれども、愈々女とはお別れだな、この傷の治らぬうちに多分女はどこかへ行つてしまふだらう、と考へた。それはさして強烈な感情をともなはなかつた。
「戦争が終つたんだぜ」
「さういふ意味なの?」
 女はラヂオがよくきゝとれなかつたらしい。
「あつけなく済んだね。俺も愈々やられる時が近づいたと本当に覚悟しかけてゐたのだつたよ。生きて戦争を終つた君の御感想はどうです」
「馬鹿々々しかつたわね」
 女はしばらく捉へがたい表情をしてゐた。たぶん女も二人の別離について直感するところがあつたらうと野村は思つた。
「ほんとに戦争が終つた
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