た。そして情慾とは無関係な何かを思ふ白々しい無表情があつた。
 野村はその無表情の白々とした女の顔を変に心に絡みつくやうに考へふけるやうになつた。一言にして言へば、その顔が忘れかねた。その顔に対する愛着は、女の不具な感覚自体を愛することを意味してゐた。

          ★

 戦争の終る五日前に野村は怪我をした。
 原子爆弾の攻撃がはじまつたので、愈々死ぬ日もまじかになつたらしいな、と思つた。けれども生きたい希望は強かつた。そこで防空壕の修理を始めた。焼跡の土台石を貰つてきて防空壕の四周に壁をつくりたしてゐたのである。その石が五ツくづれて野村の足の上へぢり/\圧してきた。上の一つだけ手で抑へたが、下から崩れてきたので防ぐ法がない。怺《こら》へると足が折れると直覚したので、出来るだけ静かにぢり/\と後へ倒れた。足は素足であつた。石は膝の骨まで食ひこんでゐた。経験したことのない激痛の中に絶望しようとする心と意志とがあつた。塀の外を人の跫音《あしおと》がしたので救ひをもとめようとしたが、その人が何事かと訊きかへし、了解して駈けつけてくれるまでの時間には足が折れると思つた。彼は一つづゝ石
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