からですよ。川だと素直に流れます。まことに素直な歌笑である。万事このように目がとゞいて、クスグリや悪ジャレを相手にしない魂が確立すれば、彼の前途は洋々たるものであろう。
 私は然し、終戦後に劃期的な新風をもたらした天才児は、横山泰三だろうと思う。これはたしかに、過去に存在しなかったものだ。良かれ悪しかれ一つの時代をつくったことは否めない。
 将棋界が全員とみに活気を呈した如く、漫画界も全員活気を呈した点で戦後の華々しいものゝ一つであると云えよう。
 どの雑誌も漫画に一部の購買力を依存していないものはない。読者や観客というものは正直で、つまり、現代に生きている人間というものが素直なのだ。老人や現代に生活しない人々がどんな悪評をあびせたところで、漫画や歌笑の人気は微動もしない。老人のグチとは別に、生活する人間は、生活する芸術と直結しているものである。
 漫画の隆盛は、漫画集団の組織の良さにも一部の理由はあろうが、要は個々の漫画家が、それぞれアイデヤをもとめて熱演し、それぞれ良い作品を書いていることが第一の理由であろう。彼らは、純文学のアプレゲールのように、理窟倒れして、一現代と遊離するようなことがない。素直に現代と密着して、作品の中に嬉々と生存を托しているせいだろうと思う。
 終戦後の新人のひとつにラジオがある。藤倉アナウンサーの社会探訪や街頭録音にはじまって、アナウンサーがそれぞれ個性的な表現につとめるようになった。しかし、どうも型がある。特に自分も一人の演技者になろうとする努力が、まだナマで、芸になっていない。私はアナウンサーもハッキリ芸人になりきるべきだと考えているが、その芸は、役者に於ける芸とは違って、その基本をなすものはアナウンスであり、アナウンスを行う芸人なのである。
 二十の扉と話の泉はアプレゲールの新産物だが、二十の扉のメンバーは、決してカケガエのない、メンバーではない。ちょッと専門的に訓練すれば、あの程度にやれる人はいくらもあり、もッと特殊な個性をもった珍優を発掘することもできるだろうと思う。
 一朝一夕で訓練できないのは話の泉で、堀内敬三先生の如きは、まさしく戦後派新人の明星であろう。よくまあ御存知になっている。あのメンバーは、日本歴史はあまり御存知ないが、西洋歴史を良く御存知なのには呆れかえるばかりである。専門とは云え、音楽もよく御存知である。
 しかし、あそこに、徳川夢声先生という珍優が一枚加わると、千|鈞《きん》の重みとはこのことである。
 彼は含宙軒博士となり、含宙軒先生となり、含宙軒探偵となり、変装自在の特技者であるが、彼自身は本業を俳優と云い、文章のたぐいは副業であると称している。
 しかし、私の見るところでは、副業の文章が本職の文士以上にうまいが、俳優の方は、ややダイコンである。なんと云っても、彼の修練はクラヤミに於ける声の表現で、表情や身の動きは中年からの年期であるから、宙を含むの天分ありとはいえ、年期の遅きをいかにせん。表情はいさゝかテレくさく、手の置き場所にもいさゝか困っていらッしゃる。彼の映画は見ている方が辛いのである。
 ところが、表情や動きのいらないラジオとなると、さすがに違う。彼の天分は堂を圧してしまう。アア夢声は天才ナリ、と思う。そして、彼の声の登場するところ、春風タイトウとして、人心を和《やわら》げ、心底から解放を与えてくる。又と得がたい声の俳優と申すべきであろう。
 しかし、近ごろはメッタに登場せず、登場してもいさゝか精彩に欠けているが、これは含宙軒師匠が禁酒しているせいだろうと思われる。
 我々文士が酒をのんでは、小説も書けないばかりで一向役にも立たないが、含宙軒師匠が酒をのむと、全国の皆様を春風タイトウとさせるのだから、ここは身命を投げうって酒を飲むところかも知れない。
 戦後派の人気者の一つに職業野球がある。戦前に野球の主流であった六大学も甲子園大会も都市対抗も、今では、プロ野球の新人発掘の温床として注目される程度となっている。
 しかし保守思想というものは、こういうハツラツたるスポーツに於ても在るもので、先日読んだ野球雑誌に、日本野球のベストメンバーというのを見ると、一塁が川上でも西沢でも飯田でもなく、死んだ中河になっている。そして中河こそは不世出の一塁手で、生れながらのプロ野球人だなどと絶讃しているのである。
 しかし私の記憶によれば、中河が生きて活躍していた当時は、守備に於てはすぐれているが、打撃が全然ダメであるからという理由で、当時ベストメンバーを選ぶ時には、そのころはまだプロ新入生の川上などが却って選に入り、中河をベストメンバーに加える人などは殆どなかったものである。今日は尚のこと打撃時代であり、彼のスマートな守備ぶりがいかほどプロ的であっても、あの貧打でベスト
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング