れてはやりきれるものではない。
 恵まれた平和な時に於て、外交に貿易に工場経営に農地経営に医療施設に文化施設に、良き実際の仕事を行って真価を問い、大多数の中間人を納得させることこそ、本当にやらねばならぬことではないか。共産党が政権をとらなくともできるのだ。一介のヤミ屋のボスすらマーケットをたて、土木を起し、工場を経営し、慈善事業をやったりすることができるではないか。建設的な仕事の面で真価を争い、他の政党にまさる実力を示して世の信用を博すのが、ひいては政党そのものの本当の実力の示し方でもある。しかし、日本共産党はその本当の内容に欠けているのである。そして国民を最も不幸な状態にひき下げて、最低の善行を施す程度の最も無能な内容だけしか持たないのである。
 政治というものは共産主義の理論でもないし、陰謀でもない。本店から金を貰うことでもない。そういうことは当てにすべきことではないし、そんなことを予定に入れて政治をやられては堪ったものではない。
 日本の資源はこれこれというハッキリした限界が政治の基礎である。日本共産党の場合にしても、政治の本当の基礎は、共産主義ではなくて、日本の資源という限界なのである。又、それに伴う他との協力協定でもある。自分の都合だけではいかない。人の都合もある。共産主義だろうと何主義だろうと、政治というものは主義や理論ではなくて、こういう限定の上に立つものだ。アナーキズムの理想社会というものは、空想や理想の上には有り得ても、実際としては先ず実現の見込みはない。又、万人が過不足なく公平に幸福だということも決して有りうべきことではない。
 私は共産主義や共産党に本質的な敵意をもつものではないが、ソビエット本店と日本支店は品性の低さ、下の下である。私は日本共産党というニューフェースの出現には、すくなくともマーケットや土建の何々組の出現よりはよほど期待をかけたのであるが、まったくマーケットの右に相応する左でしかなかったのである。その品性に於て同列であり、三十名も代議士を送りだした図体の大きさから云えば、施策や内容の貧困は何々組以下であったと云わなければならない。徒《いたずら》に吠えただけである。
 戦後ニューフェース筆頭の大物でありながら、同時に最大の落第生失格者たるものは日本共産党であったが、この反対に、ニューフェースの及第生は何ものであろうか。
 いろいろのことが云えるであろうが、私の意見では、芸術がわりあいに一般の人々の身近かなものになり、多少とも生活の伴侶に近づきつつあることが最大の収穫ではなかったかと思う。青年たちに於てそうである。
 山際青年は手記の中で若きヴェルテルの清純な恋を欲しても大人のゲルの世界に負けてしまうという手記を書いて世間の物笑いの種になったようだが、アンチャンの手記の内容が空虚なのは今も昔も変りのないことで、変っているのは、マーケットのアンチャンまで、若きヴェルテルだのジイドだのというものを読んでいることは、昔はなかったことであろう。
 たとえば左文嬢のような大学教授の娘が自動車運転手のアンチャンと友人として交際するというようなことが、昔は殆ど有りうべからざることであったが今ではフシギなことではない。つまり、昔の上流階級や中産階級の教養が、おのずから下達する情勢となり、アンチャンの生活に芸術への理解という必要を加えたりしている向きもあるようだ。
 又、アベコベに、横浜の魚屋からヒバリ嬢が現れた如くに、農民や漁師や商人の生活が裕福になって、私の住む伊東では、漁師の家から小学校の娘のピアノの音をもれきくことができるようなことになった。八百屋の娘がバレーを習ったり、あべこべに斜陽階級の娘がタップを覚えたり、子供たちの話題も、芸術方面に於てグッと幅がひろくなったようだ。昔の中産階級の子女がお茶やお花を習ったのと同じように、ちかごろの小金のある庶民の子女はピアノやバレーや声楽などを習うような風潮になったのだ。お茶やお花の修業が儀礼的であったのに比べて、ピアノやバレーは自発的であり、研究熱心でもあるし、芸論を闘わすほど子供たちの本当の生活にもなっている。ラジオの「ノド自慢」なども、一部には悪評であっても、庶民生活へ芸術を近づける一助になっていることは確かである。
 日本の庶民生活には芸術を友とするようなものがなかったから、いきおい大人になってから、専門の一芸を身につけても、作家、画家、音楽家、俳優、みんな芸が孤立している。そこで、これ一とまとめに教養化しなければ、すぐれた芸術は生れないというような枯渇感や願望が起って「雲の会」などもおのずから出来たのであろう。
 しかし芸術の横のレンラクということだけではまだ不足で、たとえば「文学座」の演技を見ても痛感されることは、子供の時から芸術になれ芸術を友だちにし
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