の妻君は、便所へ立つことも不自由であつた。それと言ふのが、真鍮喇叭に襲はれる虞れがあるためであつた。
 私は時々、静かな昼――その懶うさに溶けやうとして、消え入るやうに倒れてゐると、小刻みに階段を登る粘り強い跫音を聴くのであつた。すると私は、続いて起る物音をいち早く予知することが出来たので、苛立たしさにもはや激しい動悸さへ覚え乍ら、硬直した半身を思はず引き起して、其の物音の始まることを待ち構えずにはゐられなかつた。すると果して――呟きのやうな幽かな叫びが、殆んど寧ろ咽び泣くやうにして、私の救ひを求めはぢめるのであつた。その叫びは、私の立腹を虞れるあまり、いたく自ら羞ぢらうあまり、徒らに潰れ掠れて、殆んど幽かな呟きでさへなかつたのに、鼓膜を搏撃されたかにビリビリと感じてしまふ私は、怒りのために涙さへ滲むばかりの思ひ詰めた形相をして、重苦しげに立ち上り、
「ああ、騒がしい。ああ、騒がしい……」
 私は隣室の入口に立ちはだかつて、其処の男女を険しく、睨むのであつた。
 然し私を予期の上の小男は、決して逃げやうとはせずに、蒼白い薄笑ひを浮べて私の顔をうかがひ乍ら、――私の顔を見ることを虞れて崩
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