私は想像することが出来るのであるが――)、彼は已にその瞬間に、その不愉快な薄笑ひさへ跡形なく取去つてしまひ――順《したが》つて、その一瞬間以前まで私と交流してゐた雰囲気を何一つ跡に残さぬ冷酷な態度で、「社交――敷居――亭主」――彼は亭主に還元しやうとするのである。私はむらむらして――然し一時《いっとき》も早く心の平静を取り戻したいと思ふので、素早く大の字なりに倒れてしまふが、寝てみると沸々と湧く癇癪は弥増《いやま》しにたかぶるやうで――私は騒がしく跳ね起きて、きこえよがしに、音高く、部屋の掃除をしはぢめるのであつた。
田代笛六は、怒りだすと、怖いのであつた。彼は妻君を殴つたり壁際へ追ひ詰めて蹴倒したり、するのであつた。そして彼はその時にのみ、凡有《あらゆ》る計算を打ち忘れて猛り立つやうであつた。そして其の壁の裏が、直接私の壁である此の部屋では、彼が妻君を蹴倒す度にパラパラと、細かな、そして時々は大きな、土臭い埃が、舞ひ落ちて来るのであつた。
すると時々――恐らく更に、私以上の癇癪を起してゐるに相違ないあの不愉快な喇叭は、突然血相変えて隣室へ駈け込んできて、
「うるさい! うるさい!
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