だうるさい点に於て、全く現実に酷似してゐた。何故ならば、私は、田代笛六の訪問によつて、毎夜の静かさを掻き乱されるからであつた。
田代笛六の生活――
四十五円の収入から、先づ支出として七円の間代を支払ひ、充分に享楽して(彼の言葉によれば――)、扨て、尚かつ月々拾円の貯金を残すところの彼は、稀に見る勤倹精神の持主であつた。何事にも細かな計算を忘れない彼は、例へば喜怒哀楽にも、歩きぶりにも、さては又、顔にも指にも、その計算を滲ませてゐた。彼は夜毎に一日の支出を計算して、それに就ての精密な応答を取り換はすことを忘れなかつた。その時彼は、その妻君の返答の一寸した渋滞にも、そして又、その返答の活気の無さに対しても忽ちに癇癪を起さうとし、貴重な問題を取扱ふことの真摯さを、決して忘れまいとするやうであつた。そして此の種の応答に由つて多分に激情を刺激された彼は、(そのために、往々、激しい喧嘩なぞも起りがちであつたが――)、一つの敷居を跨ぐことによつて突然その気分を好転せしめるために、ツと立つて私の部屋を訪れるのであつた。廊下を歩く数秒の道程に由つて、已に完全な、社交家としての笑顔に移り得る彼は、しか
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